
幼少の頃から、両親が持っていたオープンリール・レコーダーで自ら歌を録音していたという。彼の音楽のベースは、小さな頃のこんな経験から生まれているのかもしれない。 そんな彼が音楽を始めたのは、中学校に入ってからまもなくのことだ。25,000円のギターを片手に、当時流行していたフォークソングを唄う日々が続いた。
本格的に作曲を始めた18歳から、キーボードを独学で学び始める。その後はギター、ベース、ピアノ、サックスなど、マルチプレーヤーを目ざし、あらゆる楽器を習得。学生時代にはミュージックコンテストやオーディションなどにも出場するようになる。また、現在の制作スタイルであるコンピュータを使った音楽制作もこの頃に学び、CMや舞台音楽、YOSAKOI等の音楽制作、楽曲提供を行っていた。
そのマルチプレーヤーぶりを発揮し、1993年10月にはインディペンデントレーベルSepiaMoonRecordsより、自作自演セルフプロデュースによるアルバムCD「Dreams of Man」(KPCD-001)をリリース。初版プレス2000枚を完売する。このアルバムがきっかけでメジャーデビューへの道も開けたが、翌年の1994年は不慮の事故で家族を失い、絶望の日々を送ることとなる。
1998年、友人やファンに支えられながら、活動を再開。札幌のライブハウスを中心に定期的にライブを行う。それまでのブランクを取り戻すかのように、ジャンルを問わず精力的に活動を始めた。
現在はシンガーソングライター、キーボード奏者として各地を回ったり、大学や専門学校の講師として教壇にも立ち、自らが率いるバンド "KAZAMA BAND "での活動を中心に、地元北海道のアーティスト等のプロデュースを手掛けるなど、今も精力的に活動している。